北も南もない。ただ「私」という人間が、ここに存在している。
朝鮮学校に通う在日コリアンの少女の「今」を描いた映画『トロフィー』が、2026年7月10日より全国の劇場で順次公開される。日本で生まれ育ちながら外国人として生きる、彼らのアイデンティティはどこにあるのか。ウリナラ(祖国)とはどこなのか。本作は、日常に潜む見えない葛藤を観る者に問いかける。

2026.06.30

アイデンティティに揺れる等身大の少女の物語。映画『トロフィー』 が描く、朝鮮学校の子どもたちの姿とは

北も南もない。ただ「私」という人間が、ここに存在している。
朝鮮学校に通う在日コリアンの少女の「今」を描いた映画『トロフィー』が、2026年7月10日より全国の劇場で順次公開される。日本で生まれ育ちながら外国人として生きる、彼らのアイデンティティはどこにあるのか。ウリナラ(祖国)とはどこなのか。本作は、日常に潜む見えない葛藤を観る者に問いかける。

INDEX

家族、友達、朝鮮舞踊。波立つ少女の心を描いた物語

映画『トロフィー』で、主人公のソヒと日本人中学生の未来が仲良く交流するシーン

在日コリアン4世である14歳の主人公・ソヒは、民族教育を行う朝鮮学校に通い、部活で朝鮮舞踊に打ち込む日々を送っている。ある日、K-POP好きの日本人中学生と仲良くなったソヒは、推しのアイドルのライブチケット代を稼ぐために、フリーマーケットサイトで父・サンジュが大切にしていた「あるもの」を売ってしまう。それは、朝鮮学校の校長を務めるサンジュが、祖国の北朝鮮から授与された勲章だった。

日本で暮らしながら、北朝鮮を祖国と慕う父を理解できず、ソヒはサンジュにつらくあたる。映画では、朝鮮舞踊がうまく踊れず、戸惑い揺らぎながらも、自らのアイデンティティと向き合う少女の姿がみずみずしく描き出されている。

映画『トロフィー』で長編映画デビューを果たした、孫明雅(そん・みょんあ)監督

本作を手がけたのは、映像制作会社の分福に所属し、是枝裕和監督や西川美和監督のもとで経験を積んだ孫明雅(そん・みょんあ)監督。自身も在日コリアン3世であり、小学校から高校までの12年間を朝鮮学校で過ごした。当時の記憶や葛藤が色濃く反映された本作について、孫監督に話を聞いた。

監督自身の心の変化を作品に

映画『トロフィー』で父のサンジュを演じた井浦新さん

――「あなたの中にある爆弾を作品にしてみたら?」という西川監督からの言葉が、本作に取り組むきっかけだったと伺っています。それはどんな“爆弾”だったのでしょう。

私は高校まで朝鮮学校に通っていました。母親も同校の教員だったのですが、当時の私は母のことをよく思っていませんでした。というのも、母の仕事が忙しすぎて、毎日帰ってくるのがすごく遅かったからです。家庭よりも仕事を優先する母に対して、不満を感じていました。ある時、西川さんに話したら、それを物語にしてみたらいいじゃないと言われました。ただ、自分としてはあまり触れたくないことでもありました。悩んだ結果、作品を完成させるまでに7年くらいかかりました。

――完全オリジナル脚本で長編映画監督デビューを果たされました。長く眠らせていた宿題と向き合うプロセスは、いかがでしたか。

最初は母への怒りもあって、朝鮮学校を批判するような内容で脚本を書いていました。でも、朝鮮学校で働いている先生方に取材を重ねていくうちに、生徒を大切に思う気持ちや、今あるものを守りたいという純粋な熱意に気付かされて、母のことも理解できるようになっていきました。そういった自分の中での変化が、脚本にも反映されています。

映画『トロフィー』で、朝鮮学校の担任を演じた、俳優の笠松将さん

――ご自身の葛藤や変化を、ソヒに重ね合わせて表現されたのですね。ソヒ役の恒那さんとは、どのような対話があったのでしょうか。

劇中では周りの登場人物たちが、父を理解するためのヒントをソヒにくれます。脚本上では、そのヒントを受けて考える「……」が多かったんです。恒那さんの直感のままに役を表現する演技が、作品にリアリティをもたらしてくれました。ただ、シーンによっては本人の中でピンときていないこともあったので、撮影する前に自分なりの考えを書いてきてもらい、認識を擦り合わせるようにしていました。

――ソヒの父役の井浦新さんや、朝鮮学校の担任役の笠松将さんが、朝鮮語を流暢に話すシーンが印象的でした。日本の俳優を多くキャスティングしたのは、意図があったのですか。

この映画の企画の段階から、日本の方に観てもらいたいという思いがありました。役者を在日コリアンの方に絞ると、「在日が作る在日のための映画」になってしまうのではないかと思ったので、あえて日本の役者に出演を依頼しました。

映画『トロフィー』で、朝鮮舞踊の先生を演じた、ちすんさん

――朝鮮舞踊が本作を構成する重要な要素となっていますね。

もともと朝鮮舞踊の動きがすごく好きで、自分もやってみたかったのですが、できませんでした。私が朝鮮学校に通っていた当時、ソヒと同じように主役に抜擢された子が若くして病気で亡くなりました。本作では彼女を偲ぶ意味も込めて、ソヒの心の変化を舞踊で表すことにしました。曲も振り付けも全部オリジナルで、4人の先生方が1年間付きっきりで指導してくださいました。

日常生活に潜む、無意識の偏見

映画『トロフィー』で、主人公のソヒと朝鮮学校のクラスメートが登校するシーン

 ――日本人拉致問題やミサイル開発問題などがあり、日朝関係は緊張状態が続いています。北朝鮮とつながりのある朝鮮学校に関する作品ですが、制作過程で困難だったことはありますか。

撮影や取材の協力を得るのに、かなり苦労しました。同じ在日コリアンでも、朝鮮学校に通っていた人と日本の学校で学んだ人とでは感覚が違うし、北朝鮮に対する考え方もさまざまです。「勲章を売る」という内容を受け入れられない在日の方もいらっしゃいました。取材を引き受けてもらうのも簡単ではなく、この映画について丁寧に説明し、取材対象の方と信頼関係を築く必要がありました。

――ソヒは日本人中学生の未来との交流を通じて、朝鮮学校の外の世界とつながりを持つようになっていきます。監督自身も朝鮮学校を卒業された後、日本の大学に進学されましたが、戸惑いはありましたか。

親世代と違って、在日コリアンであることを理由に差別されたことは一度もありません。ただ、私が大学にいた頃は拉致問題やミサイルのニュースが出始めた時期だったので、友人たちがよく「あの子を“拉致”っていこうよ」「そんなこと言ったらミサイル落とされるぞ」とノリで言っていました。もしも自分が日本人だったら、モヤモヤしなくて済むんだろうなと思ったことはありました。

映画『トロフィー』で、主人公のソヒと日本人中学生の未来がフリマサイトを見ているシーン

――監督は民族名を名乗り、ご自身のルーツを肯定的に捉えていらっしゃるのが素敵だなと思います。

朝鮮学校は、自分が在日コリアンであることを卑下せずに育つことができる場所です。だから民族名を名乗るのが当たり前なんです。時々、日本の社会にいて「自分が在日であることをネガティブに捉えてないところがいいよね」と褒められるのですが、在日ってネガティブな存在なのか、と思うこともあります。

朝鮮学校の子どもたちのことを、日本の人に知ってもらいたい

映画『トロフィー』で、朝鮮学校の生徒たちが朝鮮舞踊の練習をするシーン

――高校授業料無償化の対象から除外されたり、自治体からの補助金が打ち切られたり、朝鮮学校は財政的に厳しい状況が続いています。この映画を観た人に、どういったことを感じ取ってもらいたいですか。

多くの人は、朝鮮学校に対して怪しいイメージを抱いていると思います。でも実際に通っているのは、K-POPが好きだったり、親子関係や友人関係で悩んだりしている、ごく普通の子どもたちです。今回の映画では、彼らがどんな生活をしているかをリアルに描いたつもりなので、そういった部分を知っていただけたらと思っています。

――最後に、マイノリティの存在を伝えることは重要なことだと思いますか。

朝鮮学校の数は、数万人規模だった1970年代と比べると大幅に減りました。少子化も相まって、在日コリアンの数もこの先減少していくでしょう。だからといって消えていいということではないと思います。マイノリティを尊重できる社会こそが、豊かだと私は思います。朝鮮学校を守りたいという立場表明をするために、この映画を作ったわけではありません。ただ、朝鮮学校自体が存続できる国であってほしいなと思っています。

映画『トロフィー』

監督・脚本:孫明雅
製作・配給:K2 Pictures
©2026 K2 Pictures
7月10日(金)より、テアトル新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開