【マット・デイモン】イケメンの影に隠れてきた、「頭脳派」の逆転劇 #オデュッセイア

高学歴でありながら、気取らない庶民派スター。それがマット・デイモンだ。「知的なアクションヒーロー」を看板にする彼の両義性は、最新の大作『オデュッセイア』(日本公開2026年9月11日)でもいかんなく発揮されている。

高学歴でありながら、気取らない庶民派スター。それがマット・デイモンだ。「知的なアクションヒーロー」を看板にする彼の両義性は、最新の大作『オデュッセイア』(日本公開2026年9月11日)でもいかんなく発揮されている。

INDEX

伝説の一発逆転

マット・デーモン 『オデュッセイア』プロモーション

Photo:Getty Images

「育ちのいい子」──『オーシャンズ11』(2001)のスティーブン・ソダーバーグ監督が抱いた第一印象の通り、1970年マサチューセッツ州に生まれたマシュー・ペイジ・デイモンは、芸能界と無縁の家庭に育った。母は高名な幼児教育の教授で、マットが2才のころ離婚した父親は株式仲買人だった。

いわゆるインテリ家庭の次男の情熱に火をつけたのは、10歳のころ出会ったベン・アフレック。年下にも拘らず兄貴肌だったベンは同じ映画オタクだった親友を説得し、中高生にして遠征しては俳優オーディションに挑戦していく。

ただし、鳴かず飛ばずの状態がつづいた。1990年代といえば、レオナルド・ディカプリオやジョニー・デップといったカリスマ的な若手男性スターが溢れていた時代。

素朴な童顔のマットは、早いころから、たとえばブラッド・ピットのように台詞なしで顔を映されつづけるスーパーハンサムではないと自覚していた。しかし、若手の演技派としての座も、イーサン・ホークやエドワード・ノートンに競り負けてしまっていた。

そこで知恵をこらし、親友と一から映画をつくることにした。通学していたハーバード大学の文学の授業で脚本を執筆し、名だたるスタジオ相手にねばって「我々が主演だ」と交渉。そして完成した青春映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)が大成功。ベンとともに20代でアカデミー脚本賞を受賞し、当時としては最年少の受賞コンビとなった。

「好青年」のギャップ

『オデュッセイア』プロモーションで妻、4人の娘とマット・デーモン

photo:Getty Images

ブレイク後も、マットに来るオファーはブラッドやレオが断った役ばかりだったという。 しかし、庶民役向きな人気者だったことを強みに、スティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシといった名監督との仕事をつづけることになる。

派手なスター路線にいったベンに言わせれば、マットは「イケメンの隣にいるいい奴」 というおいしいポジションをものにした。実際、プライベートでも一般女性と結婚した4人の娘の父親として、張り込みをしにきたパパラッチが帰ってしまうくらい普通の生活を送っていると評判だ。

しかし、もっと深掘りするなら、俳優マット・デイモンの魅力とは、万人に愛される「アメリカの好青年」を体現しながら、そのうちに潜んだ暗闇を深く理解する知性にある。『リプリー』(1999)や『ディパーテッド』(2006)、さらにアクション大作『ボーン』シリーズ(2002〜2016)など、当たり役には、善良そうで規範的な見た目でありながら犯罪や不正、暴力とつながっているギャップを生かしたものが多い。巨匠たちは、国家の理想を揺るがす芸術的挑戦の媒体としてマットを好んだのだ。

危機を救った友情

2021年のマット・デーモンとベン・アフレック

Photo:Getty Images 2011年

軽快な頭脳派SF『オデッセイ』(2015)を通して「知的な庶民派ヒーロー」という独自ブランドを確立したころには、好感度の面で危機も起きた。ハリウッドで白人男性中心の価値観が変わりゆくなか、セクハラや差別用語について失言がつづき、時代についていけない「一言余計なおじさん」のイメージを持たれるようになっていったのだ。

自身の凝り固まった見方について反省したマットは、はじめてのキャリア危機にも映画愛と知性で応えたのかもしれない。再び親友のベンと手を組み、さらにニコール・ホロフセナーを加えた3人で共同脚本を執筆。性暴力の加害者と被害者の視点の違いを映していく『最後の決闘裁判』(2021)を完成させたのだ。

伝説のブレイク以来「2人セット」と見なされることをおそれ、ベンとの派手なコラボは避け続けていたというマット。しかし、音楽ドキュメンタリーでザ・ビートルズの「親友同士の最後の共演」を見て涙を流していたことをきっかけに、改めて2人でスタジオを設立。今では次々と共作を重ねている。

神話で逆襲

マット・デーモン 『オデュッセイア』プロモーション

photo:Getty Image

50代になったマット・デイモンは、よくある人生観に落ちついた。反骨精神おさえめになり、安定した立場で大切な家庭や慈善事業、そして映画づくりを楽しむことに専念するようになった。

年相応で健全、ある意味で庶民派らしい結論と言えるが、そこからとんでもないことをやってみせるのがマット・デイモンというスターだ。

最新作『オデュッセイア』で打ち立てた目標は、ハリウッドですっかり「過去の存在」と化してしまったスペクタクル大河でアメコミ映画以上の興行収入を稼ぐこと。最初こそ大言壮語に思われたが、意外にも順調に進んでいる。日本公開を前に『デッドプール&ウルヴァリン』(2024)の世界興行収入をこえてR指定映画の歴代首位記録の座にのぼりつめてみせた。

もちろん、主演の存在は重要だった。クリストファー・ノーラン監督の方針は、とっつきづらいイメージを持たれやすい神話の大衆的な現代化。だからこそ、知的で庶民派なアクションヒーローが必要だったのだ。

マット演じる主人公は、キャリアの集大成のようでもある。古代ギリシアの英雄として、家族想いの王でありながら、高潔なばかりではいられない戦に出て知略をこらしては思い悩んでいく。そのスリリングな葛藤に今日の国際社会の状況を重ね合わせた観客も少なくない。

つまり、マット・デイモンは、現代アメリカの両義性を映し出すスターから、時代や国家の枠をこえて人類に問いを投げかける名優へと進化したのだ。

辰巳JUNKプロフィール画像
辰巳JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)