「おめかしの引力」 #05

 わたしはニナ・リッチが好きで、たまに買うこともあるけど、それはびしっと気合を入れた場合で、何気に試着したスカートとセーターに約五十万円というのは、何かが間違っているような気がしてならないけれど、どうなんだろう。いいものはそんな値段ばっかりだ。

「すごくいいもの」を着るとそれ以外はもう見えなくなる魔法というのがあって、これが大いに問題なのだ。

 さらに剣呑なのは、悪魔の囁き「ザ・日割り計算」。

「一生着るんだから一回につきこれくらい、と思えば安いんやないの」という、恐ろしい錯覚なのだった。

 

こないだ、アンティーク市ですごく好みの指輪を見つけ、そのお値段にひるんで3度も試着させてもらいながら泣く泣くあきらめた帰り道、友達が言った。「まみさん、未映子さんの『おめかしの引力』読んだあとだったら、絶対さっきの指輪、買ってるよ」。そもそも読もうとは思っていたので早速手に取ると、出て来る出て来る、おしゃれについての金言の数々。読んでいてだんだん心がスッキリしてくるのは、おしゃれ上手な人が賢いものの選び方をアドバイスしますとか、失敗しないもの選びとか、そういうものに少しうんざりしていたからなんだと気がついた。

川上未映子さんの「おめかし」は、徹頭徹尾「好き」で統一されている。私は川上未映子さんという人がどれだけ素敵な人か、ほんの少しだけ知っているけれど、たいていの人はそのことを「未映子さんは美人だから」だと思ってるのが、半分むかつくんである。美人なだけでひとりでに素敵になれるわけがないじゃないじゃん! 美人なだけで、着てるものや身につけてるあれやこれやがいきなりかわいくなるわけないじゃん! と心の中で叫んでいるのである。それらは彼女がひとつひとつ自分で選びとってきたものであり、そのことが素晴らしいことなのに、そこが理解されないことに、ささやかにムッとしてしまうのである。その素敵なセンスの一部が垣間見える、服や靴、アクセサリーの写真のページもあって、まことに気の利いた本である。

自分の好きなものに、もうどうしようもなく引き寄せられていくあの感じが、この本にはもう、めいっぱい書かれているし、そしてそれが自分に似合うの似合わないの、あまりにも高すぎるんでは、いやでもこれは芸術品なのだから……とちまちま考えたり自分に言い訳したりする情けない部分についても書かれている。

マノロ・ブラニクの靴はなぜかやっぱりとんでもなく歩きやすくて、ヒールが高くても走れるなどの有用な情報から、加齢とともに素材の安さが浮き立ってしまう現象、体型が変わってしまう葛藤なども綴られているのだが、読み終えて思うのは、「私もこのくらい、『好き』だけで家中のクローゼットも引き出しも埋め尽くしたい!」ということである。

 友達の言ったことは間違いではなかった。私はいま、あのアンティークの指輪を買うのか買わないのか、そのことで頭がいっぱいだ。日割り計算、してみようかな……。

「おめかしの引力」(川上未映子/朝日新聞出版)

“雨宮まみ”

雨宮まみ

ライター。『女子をこじらせて』(ポット出版)で書籍デビュー。以後、エッセ イを中心にカルチャー系の分野でも執筆。近著に『東京を生きる』(大和書 房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)がある。