1987年生まれ。経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyによって「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞。同書は19言語に翻訳され、世界的に話題に。その続編『人新世の「黙示録」』も、早くも7万部に迫るベストセラーに。
M:Marius K:Kohei Saito
M 斎藤先生、今日はご出演ありがとうございます。先生と対談できるなんて光栄です。そしてめちゃくちゃ緊張しています。
K え!? もっと緊張するような大舞台をマリウスさんは経験なさってきたでしょ。大観衆の前で歌ったり、踊ったりして。それに比べたら今日は「なんだよ、斎藤かよ」くらいの感じじゃないんですか(笑)。
M いやいや、東京ドームより、こっちのほうが全然緊張します(笑)。先生の新著『人新世の「黙示録」』を拝読して、いろいろお伺いしたいこともあるので、よろしくお願いします! 早速ですが、この本を読んで、僕はちょっと暗い気持ちになりました。
K それは正しい読み方ですね(笑)。本の最後に処方箋は提示しましたが、でも基本的に未来は暗いという内容なので。
M 特に悲観的になったのは、気候崩壊がもう取り返しがつかないところまで来てしまったと本にあること。気候変動によって、今後はこれまでのような経済の成長は見込めないし、むしろ食糧などは奪い合いになっていくだろうと予測していますよね。
K ええ。気候が崩壊するせいで人が住める環境がどんどん地球から減っていきます。
M さらにテック企業の大物たちによって、富も情報も支配されるテクノ資本主義、テクノファシズムがさらに進んでいくと。そんな中でいったいどうやって生きていったらいいんだ!?って。
K 生存が困難になるくらい環境が悪化するからこそ、イーロン・マスクに代表されるようなテック右派は、富の獲得に今まで以上に執着し、自分とその仲間さえ生き延びればいいと考えるようになっています。彼らは社会を操り、自分たちだけが生存する環境をつくるのに必要なカネも技術も持っている。つまり、大多数の人たちを切り捨てていくのです。それが、超富裕層たちによる選民的なファシズムです。
M 世界を変える方法のひとつとして、斎藤先生は「計画経済」を提案されています。少しご説明いただいてもいいですか。
K はい。今の資本主義の経済は、ほとんどのことが市場任せで進んでいて、需要と供給のバランスでモノの値段も決まります。それだけ聞くと、公平でしかも合理的な感じがしますよね。でも実は、そうじゃない。
M 先日のサッカーW杯のチケットも需要によって価格設定を変動させる「ダイナミックプライシング」が導入された結果、倍率の高い決勝戦のチケットは最安値でも約150〜180万円と、普通の人には買えない値段になっていました。
K そう、それです。本当なら、心からサッカーを愛している人たちに現地で見てもらいたいのにね。こんなふうに市場の機能を突き詰めていくと、金持ち以外は自由を奪われていく。今後、気候崩壊で資源不足になり、水、食糧、エネルギーなど生存に必要なモノさえも莫大なカネを払わないと入手できなくなっていくでしょう。だから資本主義のままでは一部の人しか生き残れない。一方、私が提唱している「計画経済」では、そうしたエッセンシャルなモノを計画に従って生産したり、配分したりする。市場の機能に任せっきりにしないほうがいいのです。
M 計画経済によって過度な競争がなくなり、環境破壊や富の集中が抑えられるという社会主義的、左派的な考え方ですよね。
K ただ、昔のソ連のようにすべての計画を国家に委ねれば、独裁になってしまう。だから、水や電力、土地、医療や教育などのコモン(共有財産)に関しては、市民の声を十分に反映させる、民主的な新しい計画経済が必要なんです。
M 僕もその考えには賛成ですけれど、これまで何でも好きなだけ自由に手に入れることが当然だと思っていた自分たちが、それを受け入れられるのかどうか。
K みんなは、「資本主義=民主的」で、「計画経済=非民主的」だと信じ込んでいますからね。でも、違うんです。ごく一部の人が富を独占し、何をどう作り、分配するのかを儲けのために決めている、現在の資本主義のほうがずっと非民主的なんですよ。
M それで思い出したのが、以前、この連載でも触れたイギリスの哲学者アイザイア・バーリンのポジティブな自由とネガティブな自由です。先生はご存じだと思いますけれど、たとえば本来、人間は好きなだけお酒を飲む権利があるけれど、アルコール依存症の人が制限を受けずに好きなだけお酒を飲むのはネガティブな自由であると。
K 環境を守るために我慢するとかも、そういうことですよね。ただ、あらゆることを国が上から強権的に進めるのではなく、やっぱり私たちが自ら気づくということが大事。アルコール依存症の人の治療もそうで、「このままではダメだ」ということに自分が気づいて、周囲に助けを求めるところから治療が始まります。同様に、「このままではダメだ」「社会の在り方を変えないと、この先に幸せはない」と人々が気づくモメントがあって初めて新しい自由に向けての改革が可能になるんだと思います。
本当の自由とは選択肢の多さではなく、主体的に選択できているかどうか
M 「新しい自由」というお話が出ましたけれど、そもそも今は選択肢がありすぎて人々は不幸になっているのではないかと思うこともあります。これだけいろいろな生き方、いろいろな価値観があると、逆に何を選択するべきかわからなくなって、息苦しさを感じている若い人は少なくないと思います。
K それでChatGPTに決めてもらうみたいなことになっちゃっている。
M ほんと、そうですね。
K 選択肢が多いからコスパとかタイパを重視するようになって、どこで飯を食うかを食べログの点数で決めて、どの服を買うかを誰かのインスタで決めて。人生って、本当は失敗とか無駄を通じてしか見つからない答えがあると思うんだけど、結局、主体性が奪われて、他人のやった経験をそのまま、なぞっていくだけになる。
M なぞっていくだけ……。それは本当の意味で「自由である」と言えないですね。
K むしろ「自由が減っている」。そもそも「たくさんの選択肢があることが自由である」とみんな信じてるけれど、それは今の資本主義がそういう価値観しか提示できていないというだけ。でも、本当の自由というのは選択肢の数ではなくて、自らが主体的に何かを選ぶことができるということでしょう。だから「たくさんの服が欲しい」という量的な欲望より「自分はこの服が好きだから長く大切に着たい」というような質的なこだわりを大事にしたい。新しい自由を手に入れるには、そういう価値の転換が必要なんだけれど、資本主義の社会は選択肢が多いこと=自由=幸せとされているから量的な欲望が止まらない。
M 社会を変えるのは本当に難しいですね。僕は大学時代から環境問題についていろいろ考えていて、必ずマイボトルを持つようにするとか、できるだけプラスチック容器を使わないようにするとか気をつけていたんですけれど、個々人がいくら頑張っても社会的な影響は微々たるもので、すごく虚しさを感じるようになって。最近は、もうこれは時代の流れだから身を任せることしかできないのかな。社会は変えられないから自分の身の回りの幸せだけを考えればいいのかなと思ったりしています。
K 諦めている?
M 諦めるまではいかないですけれど、たとえば都会を離れて、どこか地方に仲間たちとコミュニティをつくるとか。水や電気、食糧を過剰に消費したりしないで、コミュニティでシェアしながら静かに暮らす。そういう生き方にも最近は憧れます。
K 確かに個人で何か行動してもなかなか社会は変わらないし、半径5メートルの人たちが幸せであればいいという気持ちになるのもわかります。でも、自分たちのコミュニティが持続可能性を実現していたとしても、気候変動によって大洪水が起きたりしたら、そのコミュニティも流されてしまうよね。
M 確かに。自分たちだけで閉じこもろうとしても世界と切り離して存在することはできないということですね。
K それと、諦めて自分たちだけのコミュニティをつくるというのは、イグジット(離脱)するという点で、テック右派のピーター・ティール(シリコンバレーの起業家・投資家)が、海上に人工島をつくって、自分たちだけの「国家」をつくろうとしているのと似ているところがあると思うんですね。
M 「ノアの箱舟」みたいな感じですね。
K そう。そもそも諦めること自体、特権だと僕は思っていて。何だかんだいってもマリウスさんや僕たちは恵まれているんですよ。気温が上がってもクーラーでしのぐことができる。でも、世界にはクーラーを買えない人もいるし、ガザの人なんかは、諦めることすらできない。そういう人がいることを考えると、自分たちはまだまだ諦めちゃいけないという気持ちがあります。
M 社会のひずみの影響をもっとも大きく受けるのは、社会的に弱い立場にある人たちということですね。その視点、僕も忘れないようにしたいです。
少し考えが違うだけで“敵認定”していたら、本来つながるべき人との可能性を失ってしまう
M 僕は実家がドイツのハイデルベルクにあるんですけれど、斎藤先生もドイツと縁が深いんですよね。
K 僕はマルクスの哲学が専門だったので、ドイツの大学に留学して、結局7年いました。マルクスの生きていた19世紀のドイツ語を必死で勉強して。
M 昔のドイツ語はすごく難しいですよね。日本でいえば古文みたいなものだから。
K そう。だけど最初のうちはマルクスを原書で読めてもカフェで注文ができない。マルクスには「ショートケーキ」とか出てこないから(笑)。実は去年も1年間ドイツのハンブルクにいて、そこで『人新世の「黙示録」』を書いたんです。この本、ドイツ語でも出版されていて、結構売れているんですよ(7月時点で全独ベストセラー11位)。
M それはすごい。ドイツ人も日本と同じような限界を感じているということですね。最近のドイツはどうですか? 昔と比べて雰囲気、変わりましたよね。
K ええ。経済がよくないから勢いがないし、極右政党のAfD(ドイツのための選択肢)が支持を広げていて、移民排斥の重苦しいムードがあるし。基本的にドイツが好きだけれど、現状については複雑な思いを持ちました。
M ガザの問題も大きいですよね。ドイツは、ナチス政権の反省からイスラエルを批判することが法律で禁止されているのですが、ガザのジェノサイド(大量虐殺)は許されるものじゃないと、特に多くの若者は思っていて。でも、それを発言するとユダヤ人差別だととられてしまう。僕の友人もイスラエルを批判するデモに参加して逮捕されていました。
K まさに昨年講演したブレーメンの大学がそうでした。学生たちがパレスチナとの連帯を訴えて、大学の敷地内でテントを張ってアピールする活動をしたところ、警察が介入し、キャンプを壊されてしまって。
M ニューヨークのコロンビア大学とかと同じですね。
K そう。そのあとも学生たちが当局からマークされて大変な状況だから、「外国人の左翼の先生から彼らの活動を応援するようなことを言ってほしい」みたいなことを講演の前に頼まれたんですね。それで僕は「ガザの問題に対するドイツの姿勢はよくない」という話をしたんですけれど、さすがにちょっと緊張しました。僕の話を聞きに来てくれた人たちは、「そうだ、そうだ」と賛同してくれたけど、社会全体として見ると、やはり言い出せない雰囲気なので。それでも頑張っている人たちがいるのは希望でしたね。
M こんな状況だからこそ、声を上げ続けることは大事ですね。でも、日本では同調圧力的な意味で声を上げづらい空気があります。欧米だと俳優やミュージシャンが政治的な発言をするのが普通だけど、日本では「スポンサーが……」とか言われて、みんな発言を控えてしまう。僕も頑張ってはいるけれど、何かちょっと発言すると〝敵 〟だと思われてしまうんですよね。
K いや、おしゃれになってないです(笑)。パーマをかけただけで、服も最近はほとんどメルカリだし。でも、左派的なものを広げるには、もっと近づきやすいものに変えていかなきゃいけないのでこういう企画はたいへんありがたいですねえ。
M そう言っていただけるとうれしいです。
K 確かに今、ガザやウクライナの戦争があったり、トランプ政権が好き勝手やったり、世界の流れは悪化の一途をたどっています。でも、その一方で、ニューヨーク市では、行きすぎた資本主義の是正を訴える民主社会主義のゾーラン・マムダニ氏が市長になりましたよね。ハンガリーでも4月の総選挙で右派の与党が敗れて、中道の新興野党が大勝しました。一進一退ではあるけれど、社会を変えようと頑張っている人たちもいます。だからマリウスさんも諦めずに頑張ってください。
M はい、頑張ります。ちょっとネガティブな気持ちになっていたんですけれど、斎藤先生のお話を聞いて、少し前向きな気持ちになりました。社会とのつながりを考える気持ち、大事にしたいと思います。今日は本当にありがとうございました!