M: Marius
S: SPUR
S 今日はマリウスさんとオンラインでつながっていますけれど、今どちらにいるんですか?
M 実は2泊3日で熱海に旅行に来ています。今日は、現代美術作家の杉本博司さんが敷地全体を設計した「江之浦測候所」に行ってきたんです。大きな石の存在感に圧倒されたり、自然と溶け合うような景観に癒やされたり。とても素敵なところでした。それでさっきAirbnbで取った小さな部屋に戻ってきたところです。
S そうでしたか。それは素晴らしい体験でしたね。さて、今月のテーマですが、何か気になる話題はありますか?
M そうですね。先日、読売ジャイアンツの阿部監督が家族に暴力を振るった疑いで逮捕されるという事件がありましたよね。18歳の娘さんが「ChatGPT」に相談したら、児童相談所に通報するようにアドバイスされて、それに従った結果、阿部監督が警察に現行犯逮捕されてしまったということでした。
S 幸い娘さんにケガはなく、阿部監督は監督を辞任し、その後不起訴になりましたけれど、「ChatGPTに相談した」というところがいかにも今どきで、賛否両論ありましたよね。
M 僕も最初にその話を聞いたときは、「ああ、そういう社会に僕たちは生きているんだな」としみじみ思いました。確かに今の若い世代は、悩み事の相談もAIにするし、AIに頼りすぎているところはあると思います。特に娘さんは父親の逮捕を望んでいなかったと聞くと、ほかに相談できる友人や大人はいなかったのかなと思ったり。
でも、親からDVにあっていても誰にも相談できない人はいっぱいいると思うんですね。そんなとき、AIが役立つのであれば、頼ってもいいと思う。一番大事なことは、子どもの安全が確保されることであって、むしろ問題なのは、「AIなんかに相談して児童相談所に通報したから、こんな結末になったんだ」という非難の声が圧力となって、児童相談所に通報することをためらう子どもが出てくることだと思います。
S 本当にそれは避けたいですね。
M だからこの件を考えるとき、AIに相談するのがいいとか悪いとか、物事を単純化して考えるべきじゃないと思う。それよりも僕が気になったのは、家族のストーリーを人に伝えることの重要性についてです。というのも、最近、作家の吉本ばななさんのnoteがSNSで話題になりましたよね。阿部監督の件とばななさんの件は、どちらも普段は隠されている家庭内のストーリーを外部に伝えたことから騒ぎが起きたという点で、僕の中ではリンクするところがあって。今日は、そのことについて話がしたいと思います。
人は自分が抱えているストーリーを誰かに伝えずにはいられない
S 吉本ばななさんの件、知らない読者もいると思うので、少し説明したいと思います。ばななさんが6月に投稿したnoteで、家族との長年の確執を赤裸々に語ったのですが、その内容が衝撃的でした。ご存じの通り、ばななさんの父親は高名な思想家・吉本隆明ですが、noteで綴られているのは、おもに母親と姉との関係です。
ばななさんが子どもの頃から母親に精神的虐待を受けてきたこと。やがて姉もそれに加担するようになったこと。その後、ばななさんは書くことで救われ、母親の支配を断ち切りましたが、母親に支配され続けた姉は、両親の亡きあと、ひどく不衛生な実家でひとり暮らしていて、重い病気を患っていることなど、深刻な内容です。
M 重い話ですよね。SNSではいろいろな反応があって、いわゆる“毒親”という部分で、「私も親からこんなひどいことをされた!」と共感する人も。長年のばななさんファンは薄々勘づいていたようで、「本人が相当つらい体験をしていないと、あのような小説は書けないよね」という反応もありました。確かにそういう負の経験がばななさんの作家性をつくったともいえますよね。
そんな中で、僕が感じたのは、人は自分が抱えているストーリーを誰かに伝えずにはいられないんだなということです。ばななさんはnoteに投稿するという形で、阿部監督の娘さんはAIへの相談から児童相談所に連絡するという形で。形は違うけれど、「自分のストーリーを誰かに伝えないと!」と思ったということですよね。そしてそれはとても健全なことだと、僕は思うんです。
S 外部に伝わったことで「騒動」になったけれど、意義のあることだと考えているんですね。
M はい。日本って内と外の間にすごく境界のある社会ですよね。会社での不祥事もできるだけ外に漏れないようにするし、家庭内の問題もあまり人に相談しない。外に知られるのは恥だから何とか家族内で収めようとする。でも、そのせいでストレスを抱えてしまう人が少なくないと思うんです。だから、どんな形であれ、それを吐き出すことができたのはよかったのではないかと。
ばななさんは作家だけど、それを外に吐き出すまでに40年近くかかっています。でも、そのぶんプロとして客観的な視点で伝えています。一方、阿部監督の娘さんは意図せず外部に伝わってしまったから、別の意味でストレスかもしれない。でも児童相談所や警察という第三者が問題解決に加わったことは、決してマイナスではないと思うし、「昔は子どもを殴るなんて当たり前だった」と語る人たちへのメッセージにもなりました。
S 今はもうそういう時代じゃないということをわかってもらうきっかけにもなりましたよね。
ドイツではメンタルヘルスの治療を受けることが社会的に推奨されている
S 日本の家庭が閉じられているという話がありました。家庭内DVやひきこもりの問題などを見ると、確かにそうだなと思います。たとえばドイツでは、家庭内でトラブルを抱えているとき、皆さん、どうするんでしょうか。
M 僕がばななさんのnoteを読んで思ったのは、日本はメンタルヘルスのインフラが欠けているなということでした。ばななさんはお姉さんに経済的援助をずっとしてきたんですけれど、そのお金で、「私もセラピーを受けたいから、一緒にクリニックに治療に行ってみようよ」と促す方法もあったと思います。お姉さんを母親の呪縛から解放して、トラウマを昇華させる場所が必要だったと思うんですね。でも、それができなかったのは、システムのせいだと思うんです。
ドイツではメンタルヘルスのクリニックに行ったり、セラピーを受けたりすることが社会的に推奨される文化だから、みんな気軽に行くけれど、日本だとまだハードルが高いのかなと思いました。
S 社会全体がそれを後押ししているところがすごく大事ですね。
M それとそもそもドイツ人はオープンな性格の人が多くて、普段から「実は僕はこういう人間で、今こういう問題を抱えていて」って自分のストーリーをよく語りますね。「これは私の本だよ」みたいな感じ。「え、あなたにもそういうストーリーがあるんだ、実は私も」って、お互いのストーリーをシェアして学べるところは学んだりして。
S 日本だと「身内の恥をさらす」ことはできるだけ避けますが、そうじゃないんですね。
M はい。誰もが「恥」を抱えているんだから、別に恥じゃなくない? という考えです。だって完璧な家庭なんてないじゃないですか。完璧な親もいないし、完璧な子どももいない。「うちは完璧ですから」って、人に見せている人こそ、建前が分厚い人だと思います。
S そうですね。日本も少し自分のストーリーをフランクに話せる社会になるといいですね。
M はい。日本では「人に迷惑をかけたらいけない」とよく言われるけれど、人間は社会的な生き物だから、何かしら外とつながって、人に頼って生きていくものだと思うんですね。それは恥ずかしいことでもなんでもないと思います。そしてそのストーリーを知った人間や社会は、何ができるのか。それも今後考えていきたいと思います。



