Thom Browne

Interview with Thom Browne

PROFILE
トム・ブラウン●アメリカ・ペンシルベニア州出身。大学で経営学を学んだのち、俳優として活躍。その後、NYに移り2001年にブランドをスタート。2013年にはミシェル・オバマが彼の服を着て、大統領就任式に出席した。

人々を、インスパイアすること。
それがファッションの希望と役割

「ファッションにできるのは気持ちを動かすこと。そして、美しく、興味深いアイデアを生み出すこと。真のクリエイティビティによって、人々はこのときを乗り越えられるだろう」

 こう話すのは、デザイナーのトム・ブラウン。モードのおとぎ話を紡ぐデザイナーのひとりだ。トム ブラウンと聞いて、真っ先に思い浮かぶのはグレーの“制服”。そして、コレクションで見せる、現実とはかけ離れた独特の世界観。クリエイティビティへの果てなき探求と、緻密に計算された妥協のないクォリティは、洋服という概念をはるかに超えて人々を夢の世界へと誘う。2001年にオーダーメイドのメンズウェアでブランドをスタートして以来、彼の世界観はぶれることなく、今もなお広がり続けている。そのタイムレスで思いもよらないアイデアはファッション界に力を与えている。

 新型コロナウイルスの感染爆発が起こる前に実施された2020-’21年秋冬シーズンのパリ・ファッションウィークでは、「ノアの箱舟」をテーマに、彼のシグネチャーであるグレーのフランネルスーツと、トリコロールカラーを軸にしたメンズ&ウィメンズのコレクションを発表。その数週間前のNYファッションウィーク中には、韓国の家電メーカー、サムスンの折りたたみ式スマートフォンとのコラボレーションを披露するなど、彼の創造性はとどまるところを知らない。自粛生活を経て、彼のファッションに対するアティチュードに変化はあったのだろうか。

「パンデミックが起こる前と同じように、洋服は最高のクォリティとともに美しく作られるべき。それは、どんなときでも、ファッションにおける最上級の形態だからです。もちろん、ラグジュアリーファッションは常に時代を意識しなければいけません。しかし、時代によってクォリティと真のクリエイティビティを妥協するべきではないのです」

 日頃から多忙な彼は、ステイホームの期間も、次々とやってくるコレクションの準備に追われていた。今、ファッション業界は、これまでと同じ形式で壮大なファッションショーが実施できるかどうかの瀬戸際にある。メンズの2021年春夏のファッションウィークは、オンライン上で開催されることになった。膨大な量のエネルギーと時間を、ショーに費やすというトム。彼のインスピレーション源の多くは、キューブリックの『2001年宇宙の旅』や、ヴィスコンティの『ベニスに死す』などの映画作品。自身も俳優業をしていたこともあり、ショーはまさに映画や舞台のワンシーンのようなのだ。

「美しく、そして記憶に残るショーを実際にその現場で目にすることは、何ものにも代えがたい。これからもずっと、物事を直接見ることは重要。みんな、それぞれの方法でアプローチしていく必要があると思います。私は、これからも常に自分にとって正しいと感じられる方法でコレクションを発表していくつもりです」

 また、「最大限の責任を担いながら、仕事に戻ることを楽しみにしています」と経営者としての視点も語る。「まず初めに、全社員の安全と安心を確認する。そして、すべてがある種の平常に戻ることを。それがみんなの求めていることだと思う。私はこれからも変わらず、美しい洋服、美しいアイデアを生み出すことに専念していきたいのです。ファッションは、インスパイアすべき。そして、いつも人々に違ったものの見方を与えるように。それがファッションの希望であり、担うべき役割なのです」

 彼のエッセンシャルであるアメリカンクラシックの情緒を通して、現実に生きる人々に、これからもファッションの夢を見せてくれるに違いない。

トムが撮影したのは、いつも彼と行動をともにしている愛犬のヘクター。専用のインスタグラム、@hectorbrowneでは、ヘクターのファッショナブルな日常がポストされている。ノーブルで愛らしい表情を見ると、思わず笑顔に。

interview & text: Kaeko Shabana

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