Yoshikazu Yamagata / writtenafterwards

Interview with Yoshikazu Yamagata

PROFILE
山縣良和●セントラル・セント・マーチンズ卒業後、2007年リトゥンアフターワーズを設立。ファッション表現の実験と学びの場「ここのがっこう」も主宰している。外出自粛期間中も神田明神裏にあるビルに構えるスタジオに自転車で通勤。

服が服として終わるのではなく、
成長し、循環していく服を

 予定されていたいくつものプロジェクトが、コロナ禍でほとんど中止や延期になっている。

「今年、ショーのような大きなイベントを開催するのは現実的ではないと思っています。たとえばアイテム単体で発表するなど、焦らず小さなことからコツコツやりたい。手をつけられていなかったホームページのリニューアルを進めてプラットフォームも整え、臨機応変に動けるような体制にしておくつもりです。今何が正解なのか正直読めませんが、まずは生き残らなければ。トライアンドエラーを繰り返して次の時代に備えるのが大事かなと思っています」

 もとから独自のタイミングや手法で発表を行なっていたところがあるが、臨機応変な形式のひとつとして挙げられるのが、雑誌『アイデア』390号のファッション特集。山縣さんが全体監修を行なった。緊急事態宣言下、唯一遂行したプロジェクトで、服飾の歴史とリトゥンアフターワーズの作品、多様な分野の人々のメッセージで構成。「未来につながるようなもの」を見せた。ただ、現状多くのブランドはファッションウィークに参加し、一斉に新作を発表している状況だ。

「今後スケジュールは混迷を極めるでしょうね。リモートになればなるほどリアルの価値が上がってくるはずなので、ショーの重要性も上がってくると思います。オンラインでの開催も発表されていますが、何かしらリアルと地続きであるべきでは」

 コロナ禍により、ファッションに限ったことではなく業界のシステムが激動するのは必至。では、コンテンツにはどういうものが考えられ、そして求められるのだろうか。

「ウイルスから身を守るためのマスクや防護服などに関心が集まり、今人々は何を身につけるか、ということを改めて意識しています。もしかするとこの状況は服飾史上の大きなターニングポイントにつながるかもしれません。たとえば19世紀に登場したスカートの下にはくドーム型の下着“クリノリン”は、男女の距離を保つ、という機能もあったといわれます。環境に適応せざるを得ないときには、こうした新しいファッションが生まれるんです。歴史を参照すれば、次に来るのは第二次大戦後の1940年代に見られた機能性のあるユニフォーム的なスタイルに、Zoomに代表されるバーチャル上の“遊び”が交ざり、30年代のスキャパレリとダリのコラボを思わせるシュールな感じになるのかも。疫病の流行や戦争など、大きな社会的な出来事が起こるとそれに伴って有力なデザイナーの興隆も激しかった。ゲームチェンジャーが出現する可能性もあります」

 コロナ禍の世の中では「不要不急」のものが避けられ、その中にファッションも含まれがち。消費が落ち込み、業界は危機にさらされてもいる。

「不要不急なものの排除は、必要な人間と、そうではない人間を分けることになってしまう。それはすごく怖くて、窮屈なことですよね。ファッションは“どうでもいいもの”にもフォーカスしていく力があるし、それがなくなってはいけない。多様性が失われてしまいます」

 リトゥンアフターワーズは第二次大戦をキーワードにしたり、グローバリズムへの思いを表現するなど、社会情勢との関連を思わせることが多い。システムが崩れ、人々の思いが揺れ動くアフターコロナの世界に向けて、次は何を見せてくれるのだろう。

「循環できる服がいいな、と思っています。服が服として一直線で終わっていくのではなく、形を変えて土に還り、肥料になっていったりする。原点や成長を感じられるものを表現してみたいんです」

photography: Masaru Tatsuki

外出自粛を機に自宅やスタジオで育て始めた蚕。「服の最初の段階には生き物があって、それが装いにも影響を及ぼすということを実感しています」

interview & text: Itoi Kuriyama

FEATURE
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