社会の周縁に生きる人たちに、光を当てる
ボリビアは南米で最も先住民の比率が高く、正式名称はボリビア多民族国という。国民の約60%が貧困層に属し、南米で最も所得格差が大きい国*とされている。
首都のラパスでは、数千もの人びとが路上で靴磨きをして生計を立てている。彼らに共通しているのは、一様にマスクをかぶり、正体を隠していること。なぜなら靴磨きは貧困層の仕事であり、差別の対象となるからだ。こうした匿名の労働者たちの存在を知ったエストルさんは、10年ほど前から現地でのリサーチを始めた。
「靴磨きをしている人の年齢層は幅広く、孤児やシングルマザーなど困難な状況に置かれた人がたくさんいます。彼らの多くは素性を明かさず、自分の家族にさえも仕事を隠しています。メディアは彼らを貧困や犯罪の文脈で語ることが多く、そういった報道がスティグマを助長させています。マスクで顔を覆うのは差別から身を守るためですが、同時にそれが新たな差別を生む原因にもなっているのです」
路上から生まれた、もうひとつのメディア

展示会場の入り口に設置された等身大パネル。足もとには靴磨き用ブラシが置かれている
リサーチを進める中で、エストルさんは「オルミゴン・アルマド(Hormigón Armado)」というストリート新聞を発行している団体に出合った。スペイン語で「鉄筋コンクリート」「武装したアリ」というふたつの意味をもつそのネーミングは、路上ワーカーたちの不屈の精神を象徴している。
オルミゴン・アルマド新聞は、隔月で5,000部発行される地元の人気メディアで、印刷費用は広告収入で賄われている。毎号靴磨き職人たちに無料で配布され、彼らが路上で1部5ボリビアーノ(約115円)で販売する。売上の80%は自分たちの収入になり、残りの20%は団体の管理・運営費に充てられるという仕組みだ。
新聞を売るためには条件があり、団体が主催する週1回のワークショップに参加しなければならない。彼らはそこで、スポーツや人権、性と生殖に関する健康など幅広いテーマを学ぶことができる。オルミゴン・アルマドはこのような活動を通じて、教育の機会を奪われた人たちの自立と自尊心の回復を支援している。
不屈の精神で立ち向かうスーパーヒーローとして描く

会場2階に展示されている、プロジェクトを発展させるためのマインドマップ
エストルさんは、オルミゴン・アルマドに所属する60人の靴磨き職人とともにプロジェクトを進めることにした。彼らとの信頼関係を築くために、最初の1ヵ月間は写真を撮らず、ワークショップで軽食を提供するボランティア活動を行った。その後、彼らにプロジェクトへの参加を呼びかけ、毎週土曜日のワークショップを通じてストーリーを構築していった。
「プロジェクトの目的は、靴磨き職人への差別を解消し、彼らの人権が尊重されること。それを実現するためには、イマジネーションを働かせる必要がありました。ある時、誰かが古い号の新聞を持ってきたのですが、表紙にスーパーマンの衣装をまとった靴磨き職人のイラストが描かれていました。ここから私たちは、スーパーヒーローと靴磨き職人の共通点をいくつも見出しました。たとえば、正体を隠すために変装していること、特別な道具を使っていること、変身するための秘密基地があることなどです。そのアイデアをフックにストーリーボードを作成し、靴磨き職人たちを街のヒーローとして描き出すビジュアルストーリーへと発展させていきました」
写真×漫画、そして参加型フィクションへ
舞台は「シャインランド」という架空の都市。黄色い煙で靴を汚すミスター・バロとミスター・フモに、人びとは脅かされてきた。最大の敵に立ち向かうのは「シャイン・ヒーローズ」だ。彼らは光を巧みに操ることで、汚れた靴を美しく磨き上げていく。こうしてふたりの悪党は無事に倒され、街には再び平和がもたらされる。
「スーパーヒーローのグラフィックノベルに着想を得て、写真と漫画を融合した表現手法を取り入れました。そのためにイラストレーターの協力を得て、コミックの基礎を学ぶワークショップを開きました。撮影時にはミニバスを借りて街を回り、映画の制作チームのようにロケーションを選んでいきました。ラパスの隣街のエル・アルトに『チョレツ(Cholets)』と呼ばれるカラフルなネオ・アンデス建築があるのですが、それらは『シャインランド』をつくり出すのに最適な舞台装置となりました」
特筆すべきは、全員が「参加者」であり、かつ「クリエイター」として関われる形でプロジェクトが進んでいったことだ。1970年代にアウグスト・ボアールが提唱した『被抑圧者の演劇』(観客を受動的な存在から能動的な参加者へと変える演劇)に倣ったとエストルさんは言う。
「写真家本位ではなく、彼らと一緒に物語をつくり上げていくことが重要でした。それは時間のかかるプロセスでしたが、結果として素晴らしいものが出来上がりました。フィクションにこだわったのは、ドキュメンタリーという形式がかつてのような影響力を持たないのではないかと私自身が感じているからです。現代社会は情報にあふれ、麻痺してしまっています。とある社会問題について語り、変化を引き起こすためには、現実をそのまま記録するドキュメンタリーよりも、フィクションの力を借りる方が有効だと思っています」
作品にして終わりではなく、その先の変化まで考える

会場2階では、「シャイン・ヒーローズ」のフォトブック(写真右下)をはじめ、靴磨き職人たちとともに制作したグッズが販売されている
2018年、オルミゴン・アルマドの特別号として、「シャイン・ヒーローズ」のフォトブックが完成した。6,000部が発行され、うち500部はフェスティバル用に、5,500部はボリビアの街頭で配布された。
フォトブックは世界中の写真フェスティバルで高く評価され、国際FELIFA賞やパリ・フォト アパーチャー財団フォトブック賞など、数々の賞を受賞。印税はエストルさんと靴磨き職人たちとで均等に分配されている。
利益が単に蓄積されるだけでなく、そこから新たな利益を生み出し循環していることもまた、このプロジェクトにおける重要な側面だ。フォトブックの売上やコンテストの賞金を資金源に、CDやポストカード、オブジェなどさまざまなプロダクトが制作され、日々路上で販売されている。2024年には、女性の靴磨き職人たちが運営する「ラストラ・グルメ(Lustra Gourmet)」というレストランも開業した。
「私たちのプロジェクトの根幹は、靴磨き職人の存在を可視化させるだけにとどまらず、彼らの収入源を増やし、生活を支えることにあります。直近では新たにキャッチライト(CatchLight)というメディアプラットフォームとの取り組みを始めました。ラパスの靴磨き職人をビジュアルアクティビストとして育成するプログラムを進めています。私は写真家であると同時に、“アーティビスト”(アートとアクティビストを掛け合わせた造語)でもあります。写真を撮って作品にして終わるのではなく、それによってコミュニティにどんなインパクトを与えられるのかを考えながら、今後も活動を続けていきたいと思っています」
鏡に映る太陽の光が、シャイン・ヒーローズを呼び寄せるシグナルだ。社会の周縁に追いやられた人びとを、街のヒーローとして再定義したエストルさんのプロジェクトは、観る人に勇気を与えてくれる。世の中が暗いニュースにあふれていても、希望を失ってはいけない。写真は社会を変える力になる。この展示を観て、そう確信した。鏡が光を反射し、周囲を照らし出すように。
*外務省のODAデータブックより引用